2012年02月19日(日)
雑居ビルの小さなエレベーターに乗ると、俺は3階のボタンを押した。
渇いたブザーが鳴り響き、古びた赤いドアはぎしと音を立てて、ぎこちなく閉まった。
小刻みに揺れ長等、エレベーターは昇っていく。
軽い衝撃とともに、動きが止まる。
ブザーとともにドアがぎこちなく開く。
一歩踏み出すと、そこはすでに店舗の中である。
店員に促されるままに靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。店員は、靴をすかさず持ち上げ靴箱に仕舞う。丁寧なもてなしに見えるが、店に靴を人質にとられてしまった格好だ。
カウンターに進む。
店員は、マニュアルに沿って料金形態を説明していく。基本は一時間につきいくらだが、パック料金があって4時間、8時間と長時間にすると、割安になっていく。パック料金は前払いなので、早い時間にここを出ると、残り時間の料金は無駄となる。しかし、よほど運が良くない限り、当たりをすぐに掴む事など無い。
それに、時間内は出入りが自由だ。
店を出て、約束の待ち合わせ場所に向かっても、相手が来ない事など日常茶飯事だ。
そうなっても、次がある事は余裕に繋がる。
何事も、余裕が肝心なのだ。
時間も、財布も、心も。
少しでも不安要素があれば、相手はいつでも交渉を打ち切れる。
これは、余裕を持って闘える者だけが生き残れる、そういう戦いなのだ。
約束は、破られるものだと思っておいた方がいい。
約束と云っても、はじめて電話で話した相手である。
名前も、メアドも、年齢も、顔も、電話番号も、下手をすると性別もわからない相手との約束である。
その事を、常に念頭に置いておかなければならない。
俺は、余裕を持ったプランを選び、料金を払った。
さぁ。
案内された、その小さく暗い部屋が、俺の戦場だ。
テレビと電話とイスしかない1畳半に満たない部屋で、俺は白い電話に向き合った。
俺は咳払いをすると、受話器に手をかけた。
いつ、電話が鳴っても、素早く電話に出る事が出来るように。