2012年04月23日(月)
『這いよれ! スタ子さん』
古代進は夜道を駆けていた。
さっきまでは、普通の、なんてことない夜だった。近くのコンビニまで、ハーゲンダッツを買いに行こうとしただけなんだ。
突然、空から赤くて大きな隕石が数個、空を横切った。かと思うと、瞬時に空は赤く染まり、まるで誰もいない世界へと連れて来られたかのように周囲から人の気配が忽然と消え失せた。
最初は錯覚かと思った。
耳鳴りがしている。さっきから聞こえるのは、自分の荒い呼吸の音と足音だけ。
自然と急ぎ足となった。しかし、どこまで行っても、誰の気配も感じられなかった。この赤く染まった世界に、俺だけが閉じこめられたようだった。
俺は、走りだしていた。
『何か』から逃げるために、俺は走って、走って、闇雲に走った。
よほど狼狽えていたのだろう。よほど、『何か』を恐れていたのだろう。子供のころから住んでいるヤマト町の、知っている道のはずなのに、俺は行き止まりに突き当たっていた。
俺は、壁に手をついた。肩は激しく上下に揺れていた。足はさっきからずっと震えている。
音はしない。誰の気配も感じない。
でも、背後に『何か』が迫っているのを、はっきりと知っていた。
覚悟した俺は、ゆっくり振り向いた。
そこには、禍々しいものがいた。
黒い巨体はぬらぬらと輝いている。昆虫のような無機質な目が、こちらを見ている。化け物は、俺を見据えながら、ゆっくりとこちらへ歩いて来た。
逃げられない。
アレは、俺を狙っている。
殺そうとしている。
俺は、それを確信していた。
体は、眼球以外、動かなかった。金縛りにあったようだ。蛇に睨まれたカエルのようだ。
ソレが、歩み寄ってくる様子を、ただ俺は見つめていた。
カマのように尖ったソレの腕が、ゆっくりと振り上げられた。
赤い空に、赤い月が輝いている。
……誰か……
「誰か助けてくれ!!!」
俺の叫びに、緊張感の欠片もない声が答える。
「はーーーい」
禍々しい生き物の腹から突如、白い手が生えてきた。そこから赤黒い液体がほとばしる。
白い手に抉られたソレの腹の穴から、化け物の体がグズグズと塵となり、崩れ落ちていった。
化け物の体が消え失せた後に、俺を救った白い手の持ち主が、立っていた。
それは、輝くような美少女だった。その姿をみるだけで、何も聞こえない無音の世界に、鈴の音のような賛美歌が響き渡るような気がした。
金色に輝く長い髪、透き通るような白い肌、長いまつ毛、その下に輝く青い瞳……
突然現れた美少女は、変身ヒーローのような、妙なポーズをとりながら言った。
「いつもニコニコ、貴方の隣に最後の女王イスカンダルのスターシャ……ですっ!」
「スター……シャ?」
「はじめまして。気軽にスタ子さんって呼んで下さいね。あ、健康に悪いので放射能除去しておきますねー。コスモクリィイイナァアアアーー!!」
彼女はまた変身ヒーローのように手をぴんと伸ばして振り回した。すると、空の禍々しいまでの赤い色は消え、青くきれいな空が帰ってきた。
「え? 放射能除去? スターシャ? もしかして……」
「あ、もしかして、ご存知ですか? ちなみに、さっき倒した化け物は映画版のガミラス星人です。地球を狙っているんですよー。365日以内に征服しちゃうんですって! で、私が食い止めようかなーって思うんですけど、イスカンダルで待ってるのもダルいので、来ちゃいました!! とりあえず、進さんの命を狙っていたので、倒しました! あ、そんな、礼には及びませんよ。だって……地球を守る使命もありますけど、進さんがストライクゾーンど真ん中だったから来たんです! だって守さんそっくりなんだもん……貴方が大好きですッ! むちゅー」
「や、やめろぉお」
そんな訳のわからない事を言いながら、俺にキスしようと迫ってくるスタ子を押し止めていると、突然、空に大きな不健康そうな肌色のこれまたショートカットの美少女の顔が映し出された。
「ふふふふふ。ヤマト町の諸君……」
「お、お前は!」
次回、「さようなら、スタ子さん」お楽しみに!